現実世界、物質世界の平和という均衡は一時のものであり、むしろ変わり続ける姿こそが自然の摂理・ことわり。悪い意味では自然災害、コロナのような疫病、そして、戦争によって変わり続けさせられる。

この世は安心、安定、心安らぐ環境ではそもそもないということか。

永遠に平和な世界が続くのであるという浮かれた気持ちではなく、現実世界の厳しさを見て心乱されず淡々と生きて、淡々と死んでいくしかない、と覚悟を決めることだ。俺自身はもう40も過ぎて幕末の志士たちが散った年齢からすると生きすぎている、少なくともとりあえずは生きたと言って良いだろう。ここで死んでもまっ、仕方ないと思える。しかし、残された子どもたちを考えるとそうは思えない。だから、個人的な生ききったかにはある程度はうなづけるとしても、他人のために生ききったかには頷けない。だから、コロナにかかるわけにもいかないが、仮にコロナにかかって呼吸をするたびにガラスを飲み込む苦痛を味わおうとも他人に石投げられてるとも生きるを投げるわけにはいかない。我が身はいかに慣れ果てるとも君等を守らねば。我は盾、我は壁。